古今亭志ん生や志ん朝の芝浜は浜のシーンもカ

Writer: admin Type: arte Date: 2019-01-05 00:00
古今亭志ん生や志ん朝の芝浜は浜のシーンもカットされているし、まるで泣けないから2流ですか?立川談志や柳家小三治の芝浜は芝浜のシーンもきっちり演じているし、ホロリとします。志ん生、志ん朝親子の芝浜は浜のシーンもカットされていて泣けないし、談志や小三治の芝浜と比べると雲泥の差ですよね?ハッキリ言って私は「人情噺は泣かせるもの。泣くどころかホロリとさえ出来ない人情噺はそもそも人情噺とさえ言えない」というポリシーあるので、(個人的なポリシー関係なく)実際にもそうじゃないですか?人情噺で泣かせないどころかむしろ笑わせる、とかそれこそ「お笑い草」でしょ?共感した0###志ん生は、浜のシーンを克明にやりすぎると夢だと思い込むのにリアリティに欠けるという理由で切ってます。そもそも、あんな風にやりだしたのは三木助からで、かつては今よりもっと軽めの噺でした。ナイス0
###古今亭の『芝浜』、白酒さんで聞いたけど、軽くて良かったです。ナイス0
###落語で客を泣かせれば一流、泣かせられなければ2流、という分け方はちょっと違うとおもいますが。いま立川談春の芝浜は客を泣かせよう、泣かせなくちゃと必死な高座にもなっています。芝浜で客を泣かせる、というのが鼻について嫌だという客もいます。泣きたい人はそのような落語家の高座へ、そうでもない人はそのような落語家のを聴きに。いろいろな演じ方があるのはいいことですね。元々この噺は三遊亭圓朝が『酔っ払い』『芝浜』『皮財布』という3つの”お題”から即興で作った『三題噺』から始まったものなんですが、明治からとても人気のある噺になって三遊派はもちろん柳派の落語家も競って演じたものです。 有名なのは三代目桂三木助師匠のもので、それはその芝の浜での情景がたっぷり演じられていますね。それが伝わっているのが柳派。おっしゃるように、立川談志とか柳家小三治とか小さん門下の噺家はこの形で演じていますね。それを、その部分を端折ったのが古今亭志ん生師匠です。 志ん生師匠は、その拾得の部分を克明に仕方話をしてもしょせんは主人公の独白のみで大して面白くないと、カットしてしまいました。 家に帰ってからかみさんにその部分は説明するで済ませています。 志ん朝師匠はこの流れで演じています。 芝の浜の夜明けの描写が好みであれば、柳派のほうを。 主役の夫婦のドラマ中心で聴くなら古今亭派。 私は古今亭派。ナイス2
###>古今亭志ん生や志ん朝の芝浜は浜のシーンもカットされている 元々の芝浜に手を入れて、三代目の三木助が改作した芝浜が有名になっただけで、三木助の系統ではない昔からの芝浜を志ん生を演じていたのではないでしょうか?それを志ん朝が受け継いでいるのでは、と推測します。三木助は安藤鶴夫等の意見を取り入れて、芝浜やへっつ幽霊に手を入れています。ですから志ん生がカットしたのではなくて、三木助の改作が有名になった、ということです。芝浜を創作したといわれる円朝も素晴らしいですが、それを練り上げた3代目三木助も素晴らしいと思います。そして落語の醍醐味は、それを高座でどのように演じるか、それが名人上手の話芸となります。ちなみに志ん朝の芝浜は好きです。もちろん三木助の芝浜も好きです。ナイス0

 

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